通天閣100周年(大阪市浪速区)

初代通天閣(戦争の為金属供出で撤去)創業から100周年、ということで通天閣Part2

調査日 2012年11月

100年前は大阪の一大歓楽街として大人気だっとそうです。

丁度100年前(1912年)に初代通天閣とルナパーク(遊園地)がこの地で開園され、今年でちょうど100周年の記念の年に当たる。
初代の通天閣は、今の2代目とデザインも違いエッフェル塔と凱旋門を足したようなデザインだったらしい、大阪らしくもあり「いいとこどり」の精神だったのかも知れない。
ルナパークと通天閣は偉く人気だったようで、お客様がいっぱい足を運んだので、大阪商人の商売根性が出て、その周りに映画館や芝居小屋、動物園などもいっぱい出来て、徐々に歓楽街へと拡がって行ったようで、飛田新地(遊郭)などもその一つである。
 戦争時は爆撃もあり火災の為に被害を受け、金属の供出命令などもあり通天閣も解体された。 現在の通天閣は1956年に作られ現在に至る。
通天閣の広告は、大阪進出を目指していた「日立製作所」が買い取り故松下幸之助さんが悔しがった話が残る。

何が資産になるか分からない、取り残された事が貴重な財産に

この通天閣界隈も、戦後は大人の歓楽街としてのイメージが強く、少し立寄りがたいイメージの期間がかなり続き 再開発もされずに斜陽のイメージで寂れた。
しかし、今では逆にそれが功を奏し独特の雰囲気を残す事になり、この20年間は逆に観光地としての魅力に繋がり、多くの人が全国から訪れるようになった。
テレビのドラマなどでも、通天閣が出てきたり文学でも登場したりして脚光を浴びるようになった。大阪出身のタレントやスポーツ選手も この界隈のお店を紹介したりすることで、すっかり有名になった。 代表格は串カツの「だるま」、メディアでも有名になり、いつも長い行列が出来ている。

ここまでやるか? 驚嘆から感動へ移って行くのが面白い

新世界の魅力はなんといっても、この派手で「ここまでやるか」と見る人を驚嘆させる驚きの店舗デザインであり、いつ行っても新たな驚きがあり面白い。
「新世界でなくて別世界」と思わせるこの派手で迫力がある演出はどうしたらできるのだろうかとさえ感じます。間違いなく、世界で一番派手なエリアになっています。前回来た時よりも、今回の方がまた「迫力」が増していますので今後も楽しみが続きます。 
この上品とはお世辞にも言えない「ド迫力トレンド」が、この頃では「道頓堀」の方にも飛び火していました。どこまで、この通天閣店舗迫力が勢力を拡大してゆけるのかが、ひとつ楽しみになってきました。

朝からお酒飲んで、好きな人は一日将棋と碁が出来る 新世界は色んな人が集まれる。

じゃんじゃん横丁では、昔ながらの飲み屋が朝から営業し安くても上手い串カツとお酒で会話が進み、昭和の良き時代をそのまま感じます。
いつからか、日本が上品になって つまらなくなってしまった。 
この新世界が見直され 全国から観光客が訪れるのは「失われた昭和の良さと活気のようなエネルギー」をもらいに来ているだろうか?

通天閣は4年前にも調査していますので、通天閣新世界ファンの方は こちらの
レポートもご覧ください。LinkIcon「第1回新世界レポート」に進む



新世界 (54).jpg夜も人でいっぱい
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