川越
(埼玉県川越市)

小江戸「川越」の人気は根強く、街がさらに活性化して強くなっている。

調査日 2013年4月

NHK連ドラ「つばさ」から4年、前にも増して活気が出ている。

4年ぶりに川越を調査、今回は「蔵作りの町並み」「菓子屋横丁」などの観光客人気スポットから、「大正浪漫夢通り」「クレアモール商店街」へと範囲を広げて調査した。前回は、2009年7月、丁度NHKの朝の連ドラ「つばさ」の舞台になった川越は、「蔵造り通り」に観光客が集中して、土日は非常に混み合っていた。川越は、小江戸として千葉県佐原、栃木県栃木市と並び関東の三大小江戸として以前から有名でしたが、この連ドラの人気で、一気に観光客が増大した。NHKの朝の連ドラの影響は、大変大きい物があり舞台となった場所には、多くの人が訪れるが、1年くらい過ぎると当然観光客数も激減するのが普通、しかし4年たった今でも、この街を訪れる人は多く、リピーターになっている所が他の所とは少し違う点。元々、街が持っているポテンシャルや、人のネットワーク、行政などがこの連ドラを境に一つになって、街全体に「活気」を取り戻すきっかけになったように感じます。

しりすぼみではなく、だんだん大きくなっている。

典型的な観光客スポットの「蔵造り通り」には、以前になかった施設もでき、店がなかったところにも新しい店舗が出来、観光客にターゲットを絞った「ご当地名物」などが数多く出てきている。4年前のピークの時より、ずっと商店の活気が戻り「連ドラ人気を一過性の人気にしてはいけない」という人達の気概を感じるようでした。川越市は、人口約35万人決して大きくはないが、小さくはない良い規模、地元の人達が地元の商店を支えることも出来る需要もあり、若い力もある。行政のサポートもしやすい環境とも言える。人気を長く続けてゆくのには、やはり企画力や実行力、継続して活動できる熱意ある人達が乏しいと難しい。その意味では、川越は非常に成功している良い例だと思います。川越は120年前に大火災があり、多くが焼失してしまいました。幸いにも、残った蔵などがあり多くの貴重な遺産があり、現在その遺産を色々な所で資料として展示してあります。街全体で、「街づくり、街の在り方」を模索する動機に繋がっているように思います。一つの、きっかけを機に、街全体が躍動した素晴らしい例のように感じます。

色んな味がある川越

以前は、川越の商業地としての中心は「川越1番街」 現在の蔵造り通り当たりにありましたが、電車網の発達、地元デパート「丸広」の場所移転などもあり、今ではクレアモールを中心とした本川越駅中心に移りました。しかし、一般的に見られる地方都市の「商店街の栄枯盛衰」のように、すっかり寂れてしまったような所はありません。それぞれに持ち味があり、良さを残しつつ共存している感があり、蔵造り通り、大正浪漫夢通り、クレアモールが揃って、川越の魅了を提供しているという雰囲気作りがあります。蔵造り通りから、大正浪漫通りを抜け、クレアモールに入ると、江戸から明治、大正時代、そして現代にいたる「タイムスリップ」を経験しているような川越独特の雰囲気を経験することが出来ます。商店街の魅力ということもあるのでしょうが、やはりこれは「街づくり」のコンセプトが明快だからと思います。

残す事が大切ということが良く分かります。

「川越に何故行くのか」を考えて行く際に、一番大切なのはやはり「蔵」でしょう。「蔵」がある景観は、今全国的にも多く取り上げられています。しかし、近代化の街づくりに多くの「蔵」などの古い建物が取り壊された街も少なくありません。川越の街のポスターには、必ずこの「蔵」がメインで印刷されています。名前も「蔵造り通り」と「蔵」が入ります。近代化という大きな波は、古き良き日本の美しい建物や文化、伝統的な暮らし、生活のスタイルを欧米のスタンダードタイプに切り替えてしまう事が多く、全ての街の特長が失われつつあります。結局、その場所の特長を「残す」、あるいは「変えない」ということが、その街の「資産」を守る事に繋がり、その「資産」を評価してもらえる時代が後に必ず来るという証明になっていると実感します。人気の場所程、長く人に愛されている所ほど、「資産」を大切にしている所が多いのが分かります。これからの街づくりの基本は、道路整備やインフラと言う事でなく、「大切な物」を残し活かして行くという事だと思います。「大切な物を残し、活かしてゆくこと」がその地に住む人の纏まりとエネルギーの結集を作りだすのではないでしょうか。

何故、菓子屋横丁など長く頑張れるのでしょうか?

蔵造り通りを少し入った所に「菓子屋横丁」があります。メディアでもよく採り上げられるので有名ですが、何故長く商売が続けられるのでしょうか? 昭和初期に70店程あったお店も卸もどんどん少なくなり現在は約20店が営業されています。今では人も結構入り、人気のスポットとして川越では「なくてはならない存在」になっています。ここで、販売されているモノは、殆どが、昭和の時代の「駄菓子屋」で販売されているようなモノが中心です。駄菓子屋さんも、全国的にすっかり少なくなってきています。川越の菓子屋横丁は、関東大震災の時に、東京の駄菓子製造会社が被害にあい、川越でその代役を務める様な形で始まったという歴史があります。また駄菓子屋は、子供達が集まる大切な所、コミュニケーションの場でもあります。私には、川越の菓子屋横丁の人達が「川越が好きでここでずっと商売がしたい」という愛着、「子供達の楽しみを潰してはならばい」という商人としての「使命」のような熱い気持ちがあるからではないでしょうか?同時に、一緒に頑張っている仲間の良き関係が、長くこの商売を守っていける原動力になっているのではないかと思います。
地域が好きになる、商売の社会的な意義を感じる、良き仲間とコミュニケーションがある この事が大切な要素ということが分かります。

今回は、商店街レポートではなく、川越の魅力のような事を採り上げるような形になりましたが、横浜から川越に電車も繋がるようになり益々便利に行けますので、是非お時間ありましたら、直接感じて欲しいと思います。



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