「商売の絆」を考え直そう

「あなたのところも困っているでしょう、これを使ってください」 
関東大震災時での寿屋(現サントリー)創業者鳥井信治郎さんの一言

2013年2月21日

関東大震災で老舗食材卸「国分」が大被害に遭遇

image25112 (1).jpg1923年(大正12年)に、関東大震災が起こりました。震源地は神奈川県の相模湾沖で、当時としては未曾有の大災害でマグニチュード7.9を記録した日本の災害史上最大級の被害でした。死者と行方不明者を合わせると10万人以上にのぼり、関東一円は甚大な被害に襲われました。当時は、木造家屋も多いうえ、建築技術も今に比べると倒壊しやすかったでしょうし、火災も数多く発生し壊滅的な被害に繋がりました。また、一部で誤った情報も広がり多くの人がパニックになり、さらに被害が広がる影響がありました。
そんな中で、商売をされている方たちも甚大な被害を受けましたが、食材の卸をしている「国分」さんもその一つでした。「国分」さんは歴史も古く老舗(創業1712年)の食材の卸で、今では全国的に有名な優良な会社です。 その「国分」さんが、関東大震災で大きな被害を受け、震災の処理をしている時に大阪から「寿屋洋酒店:現サントリー」の創業者鳥井信治郎氏が現れます。




「これを使ってください!」と集金した全部のお金を「御見舞金」として差出す心意気

394480_394521060603729_1227913226_n.jpg丁度、集金の時期にかさなったんでしょう。この非常時の時にも関わらず、「国分」さんは、この「寿屋」さんの鳥井信治郎(当時社長)さんに、集金される金額を全部渡されたそうです、どんな非常時であっても律義な商売人の気質には、改めて「約束」というものの重さと商売人の堅い「決意と信念」を感じます。
鳥井社長は、そのお金を快く集金として受け取り、そしてすぐにそのお金を差出し「お宅も困っている時期だから、このお金を使ってください」と「お見舞い金」として国分さんに渡されたそうです。どんな非常時でも商売人としての約束を守る「国分」さんも凄いですが、それを「見舞金」として差し出す寿屋洋酒店の鳥井さんも凄いと思います。 
寿屋は、1907年に「赤玉ポートワイン」を開発してそれを中心に販売していましたので、発売当時から「国分」さんと取引があったとしても約15年位の取引だったのではないでしょうか。商売の繋がりで15年というのは、特に長い方ではないと思いますが、この間に「寿屋」さんの商品に尽力された「国分」さんへの感謝と商売人同志の仲間に対する応援だったのでしょうが、とても真似出来るものではありません。その後、両者の「絆」は益々強まり、「寿屋」さんがウイスキーを発売された時にも、この「国分」さんが販売の開拓に大変な尽力をされたそうです。サントリーが今この地位にあるのは、この「国分」さんの恩に報いた尽力の結果だったとも言っても言い過ぎではないかも知れません。

何故、今仲間意識が希薄なのでしょうか?

このように、商売には単なる商品の売り買いと言う事でなく、お互いの「絆」が深まるような関係が真の商売仲間だと思います。
昨今は、こういう良い話が何故無くなってきたのでしょうか?
「お互いが商売で助け合って成り立っている」という意識をどこかに置いてきて、非常時になると「回収できなくなるのでは」と損金の事ばかり考える経営者や担当者が増えているのではないでしょうか?
真っ先に商品回収に努力して被害を減らそうとする事も多いのではないでしょうか?
不況だからそうなってきたのではありません、「お互い様の気持ち」が失われてきているからだと思います。
皆が苦労している時代では「やさしさや思いやり」が広まり、豊かになると「エゴ」が広まります。 
皆が苦労している時は「俺も辛いけど あいつも辛い」という仲間意識や協調意識が生まれますが、豊かになると「自分だけが辛い、損をしている」とひがみ根性や勘違いが多くなってきます。 
今でこそ「世界のサントリー」も創業時代では苦労した時代も長く、決して全ての人に高い評価をしてもらってはいませんでした。国産のウイスキーも同様に非常に厳しい時代がありました。しかし、「国分」さんのように「恩に報いる気持」が強い人達のお陰で、日本の家庭にウイスキーが普及し、「世界のサントリー」の礎が作られてきました。
商売人の「約束」「感謝」「応援」「報いる気持」が「絆」をどんどん深くしてきて、今の両社があります。
お互いを思いやる商売人の「絆」を忘れては、決して長い繁栄はありません、今こそもう一度見直してみるべきと思いませんか?