「誇りと責任」 長く受け継がれてゆく人の絆

岐阜県中津川市の良き伝統とチャレンジ

2013年4月20日

伊勢神宮のご神木の搬出地の誇りが生きる町  岐阜県中津川市付知町

nakatsugawa_R.jpg横浜を、朝5時半に車で出発して5時間程かかり目的の中津川市付知町に着いた。
中津川市は長野県と岐阜県の県境の市、人口は約8万人の町、流石に山が多く森も大きく立派です。森が多い所は、当然ながら空気も水も綺麗で、雑踏の横浜とは一味も二味も違います。横浜・東京では3月の終わりに桜が散ったが、ここでは桜と梅、桃が4月半ばというのに満開で咲いていました。
中津川ICから、約30分北上のところに人口約6千人の付知町があります、綺麗な滝がある「付知峡」は有名な観光スポットですが、残念ながら時間もなく見れなかったので次回の楽しみにしたいと思います。
中津川市は、古くから「伊勢神宮」の御神木の搬出地として有名で、流石にこの辺りは木材や加工製品である家具などのお店が多いことがすぐに分かりました。
第62回式年遷宮ー御杣始祭 (2)_R.JPG「何故、伊勢神宮の御神木が?」と思われる方も多いと思いますが、気候の温暖が厳しい所では、質の良い樹木が育ち、ここ中津川市はその条件を満たし、古くから林業が盛んだったと聞きました。 訪れた日(4月16日)は非常に温かい日でしたが、朝晩は冷え込み前週は雪も降ったということで、訪問した「岐恵木工吉田」さんでは、工房の中にストーブも焚かれていました。
この中津川市の中でも、付知町の山の中に、伊勢神宮の御神木を育てる特別な所があり、普通の人では入れないようになっています、御神木の搬出の時には、白装束を着た限られた人が身を清め、伐採して運ぶ儀式も生き続けています。伊勢神宮へ向けて木を送りだす祭りが、町をあげて脈々と受け継がれています。
日本人の特別な場所である伊勢神宮に関係することを「誇り」に思う気持ちが営々と続いている素晴らしい町だと強く感じます。

「誇り」を感じることは、同時に「責任」を感じること

「伊勢神宮」は天照大御神と豊受大御神を祀っています。その事から、皇室・朝廷との結びつきが強く、日本の中でも特別な存在です。江戸時代には、「死ぬまでに、一度はお伊勢さんに」ということで、「お伊勢参り」が憧れになっていましたし、多くの参拝客が訪れた場所です。今でも多くの人が訪れ、日本人としてのアイデンティティを考え直す所でもあります。丁度、キリスト教で言うと、エルサレムのような聖地巡礼の存在かと思います。 

市場風景_R.JPGその伊勢神宮の御神木を搬出する中津川市の誇りは、大変大きなものだと思います。
しかし、「誇り」だけではなく同時に「責任」がとてつもなく重い物にもなっている事でしょう。 
「御神木を搬出するという」ことは、「木」を育てる事、「木」を育てるということは「森」を育てること、「森」を育てることは「自然」を守る事、大変大きなテーマには、同時に長い年月の努力が必要で、子子孫孫営々と繋がれる想いがなくては、この大役は決して果たせないものでもあります。
また、同時に「林業」を育てることも、大変重要な役割ではないでしょうか。 「林業」が発展し、「加工業」が発達してゆく、そのためには「優秀な技術をもった職人」第62回式年遷宮ー御杣始祭_R.JPGが、その場所で育ち 銘木から名品を創り出し全国に出荷されてゆく、自然と林業、産業が一緒になって発展してゆくことで、「町」が発展し「伊勢神宮の御神木の搬出地」としての責任が長く果たせるようになるのだと感じます。

「質の良い樹木が育つ場所」というだけでは、決して果たせない「伊勢神宮の御神木の搬出地としての役割」 この地が「搬出地」として選ばれた理由には、「きっと、この人達だったら、責任を果たしてくれる」と当時の先人の方たちが確信したからではないでしょうか?
子子孫孫に守られてゆく約束、今の時代に「少し欠けていると感じる大切な事」をこの地では感じる事が出来ます。 それが「町の誇り」なんだと私は強い印象を持ちました。

「人の繋がり、町の繋がり、和の精神」

61_R.JPG林業、加工業、職人技、販売等、この地の木材産業を支えて行くのは典型的な分業のスタイルです。木を育て、森を守る人、伐採し製材する人、それを加工し家具等を作る職人の人々や大工さん、また家具などを販売するお店の方々、皆が協力して町が成り立っています。 その事を皆さんが良く理解されているから、「人の繋がり」が生まれ、「町の繋がり」として大切な「心の支柱」になっているのではないでしょうか。
お互いの技術を信頼し、尊敬の念をもって付き合って行く、だから良い物になってゆく、中津川市で生まれる木工製品には、そんな「上質な繋がり」から創りあげられた作品のように思えます。まさに、「和」を大切にしていることを、強く感じます。 日本の失われつつある「和の意識」「社会の在り方」をもう一度見直す良い見本だ思います。

「森を守る為には、伐採が必要、森を守るためにアイデアを出そう」

DSCF9856_R.JPG日本家屋には、従来建築では多くの木が使われてきました。特に、高度成長期には大量の家が経ち、木を必要として、早く育つ「杉」などが大量に山で育てられました。 昨今は、マンションなども多くなり、住宅建築材としての「杉」の量も大幅に減少しています。 海外からの、安い材料の輸入もそれに拍車をかけていることは、間違いありません。 しかし、売れないからといって、山に檜や杉を植えたままにしておくと、育ち過ぎて日当たりや、風の通りも悪くなり、やがては森や山が死んでゆきます。 森や山、自然を守るためには、計画的な伐採も重要な事、この時の間伐材を使って加工品などに活かす事は、結局は自然だけでなく町全体を守って行く事、それが「伊勢神宮との約束」を果たして行くことにも繋がっているのです。

今回、訪問させて頂いた「岐恵木工・吉田」さんは、その間伐材を使い新たな技術開発と商品開発をされています。 その結果、出来上がったオリジナル商品「結粋シリーズ」は、材料と職人の技とこだわり、そして「伊勢神宮の御神木を搬出する町」としての誇りが、全部詰まった作品です。
家具や建具職人として積み上げた職人技を活かし、「精緻で大変美しい破魔矢模様(矢羽根模様)」のこの作品は、「印刷」と間違える程の綺麗な木肌模様が特長です。
社長であり職人の吉田さんは、笑顔がとてもやさしい紳士で「伊勢神宮の搬出地としての中津川」の誇りを感じる職人さんです。 誇りと責任を感じて、物を作る職人さんは、本当に凄いと思います。

 私も縁あってお知り合いになれ、吉田さんの作品を扱うことになり、大変嬉しく感じます。
と同時に、これが森や山を守る事に繋がることになるという責任も感じないといけないと考えるようになりました。